決してオーバーな表現ではありません。メールを出しました、返信が来ないというだけで何も手につかない状態になったりしていませんか?なにはなくともメールと誰かとつながっているという証拠がほしいというものです。自分がケータイなどに触れる時間に一通もメールが来ないということは、普通の人ならメールなしで終わることですが、メール依存症になってしまうと、なぜ来ない?見捨てられた?と勝手な妄想に走ってしまいます。そして、メールが来ると安心するのですが、すぐに返信を出しますから、また、同じ心配を繰り返します。それも一日何回も何回も。メール依存症にはいくつかの症例がありますが、用もないのに過去の大量のメールを片っぱしから読む、くだらないメールを打ってしまう(今何やってんの?)みたいな文。何でもメールですまそうとして、メールで連絡してねと、いかにもメール下さい宣言をしてしまうなど、完全にメールでつながっていないと不安というのがメール依存症です。これは、現代の若い子たちのちょっとした症状と笑っていられるうちはいいのですが、メールに夢中になってしまい、中毒になり、依存症にまでということになると、まるで麻薬のような魅力に取りつかれているといっても過言ではない部分も見えてきますそうなると、決して笑いごとなんかでは済まされるものではなく、治療も当然必要になってきます。メールが来ないから、私はこの世にいても意味がないなんていう言葉も出てきそうな、そんな怪しい魅力も持ち合わせているのがメールです。
メール依存症
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